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苦手な人

私が中学生の頃は女子は家庭科 男子は技術と分かれていた。
なぜ女子だけ料理やら裁縫やらするのか気に入らなかった。
女の子なんだからと連呼して作法にもうるさい家庭科の先生も苦手だった。

40歳ぐらいの時に 少し年上の同僚女性が
女も40を過ぎたら上質な物を身に付けなければと
自信満々かつ威圧的に言ってきて苦手だった。

30代から40代の20年間ぐらい親密な友達がいた。
彼女が留学中のイギリスに遊びに行く時
持って来て欲しい物があるからと彼女のお母さんに会った。
彼女の家には何度も遊びに行きお母さんともよく喋っていたが
2人きりで会うと緊張した。

入った事も無いようなホテルのラウンジでお茶した。
うちの娘はどこに出しても恥ずかしくないように
小さい頃から上質なものを身に付けさせたり
食事のマナーもちゃんと教えてきたと自信満々に話し
高圧的なお喋りが延々と続いてうんざりだった。

ブランド物に疎い私だが
確かに気付いてみれば彼女はロレックスとかブルガリとか
持っていて全部母親に買って貰っていたし
留学から戻ったら外車が買ってあった。

彼女曰く お母さんは広島城の城下の武士の家の生まれで
プライドが高くて困ると。
彼女も小さい頃から世が世なら貴女はお姫様と言われていたらしい。

育った家庭環境に違いはあれど一緒に遊ぶのは面白かった。
ウチは贅沢は出来ないような家だったと貧乏話をして笑っていた。

ある時 彼女に言われた。
『貧乏って言うけどガツガツしてないよね。』
えっ!?別に今は自分で働いてるしお金に困って無いし。
『だって貧乏育ちの人ってどこかガツガツしたとこが有るじゃない?
 それが無いよね。』

これは褒めているのか馬鹿にしているのか…
いやどちらでも無い 天然な感想だろう。
世が世ならお姫様だった人の言う事だと納得した。

彼女も母親に支配されて育った生き辛さを抱えていたし
父親は半別居状態で関係は悪く
そんな悩み事に共通点もあって友達関係が続いていた。

でも20年の間に彼女は自らが忌み嫌っていた母親に似てきて
私は彼女が苦手になり音信不通状態になった。



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4月にオープンして2か月ぐらい行列のできていたプリンのお店に
やっと行ってみた。
美味しかった 瓶も可愛い

うちの町内は目新しい店が出来ても
いつの間にか消えていくというジンクスが有り
空き店舗も多い。
間に合って良かった。










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by love_dolly | 2024-11-28 15:27 | 戯言 | Comments(0)