辺境を駆け巡るジャーナリストになりたい。
それが中高生の頃の漠然とした夢だった。
だからと言って、何をどうすれば成れるのかは考えなかった。
小さい頃から母の支配に振り回される生活で、
父は得体の知れない存在だった。
いつも空想の世界に入り込んで現実を忘れようとしてしていた。
高校の進路相談の時になっても空想は止まず、
将来の職業の為とか、興味のある学問とか、安定した人生とか、
全く考えられなかった。
当時はまだ、女の子は短大にでも行き花嫁修行して早々に結婚するのが良い
と言う考えが多かった。
それもまた私には全く受け入れられなかった。
教育熱心で一番の成績でなければ許さなかった母の条件は、意外にも
自宅通学できる国公立の大学である事のみで、かなりトーンダウンした。
大学選びは中卒の母の知恵の限界を超えていて、
これ以上の口出しは出来なくなっていた。
父に至っては、女のくせに大学なんか行くなと時代錯誤な発言で無視された。
担任は、偏差値を元に合格出来そうな地元大学の学部を候補に出して、
とりあえず合格さえさせれば良しとしていて相談にもならず。
女子は小学校の先生にでもなれば上等みたいな考えで、
実際に成績上位の女子のほとんどは小学校教員養成課程に入学した。
私は先生になるとか考えた事も無かったし、教育学部だけは避けた。
経済的に不可能だし、娘に依存する母が許す筈もないのは
良く分かっていたが、
私は自分の偏差値で入れそうな東京の大学を調べては夢見ていた。
大学卒業前になっても私に変化は無く、
就職活動に勤しむ同級生たちを横目に何もしなかった。
娘が家から出ていかれたら困る母も何も言わず都合が良かった。
ヤマハのコンテストで中国大会まで勝ち上がったのもあって、
自分のバンドでデビュー出来たらラッキーとか夢見ていた。
当時付き合っていた人もベース弾きで東京進出を夢見てて、
スタジオミュージシャンの話も来てて応援してた。
しかし、彼が私と離れたくないからと断った時にはガッカリした。
私を、夢を捨てる理由にされたく無かった。
そんな日々が一生続くわけが無いのも分かっていたが、
現実的な事は何も考えられず、私の学科で就職せずに卒業したのは
自分だけだったが全く平気だった。
彼の義兄が働く会社の社長夫人が営む喫茶店で、
大学生の頃から引き続きウエイトレスのバイトをした。
彼は付き合った当初から結婚を口にしていたが、
男って単純だなと呆れて信じてはいなかったし、
結婚とか現実過ぎて考えたくなかった。
彼と居ることで自分の家族から逃げられるかと思っていたのに。
彼の両親や姉家族の家によく連れていかれて可愛がって貰っていた。
大きな病院の看護婦さんで婦長にまでなったお母さんは、
サッパリしてて話しやすかった。
電力会社に勤めるお父さんは、詩の同人誌に参加していて
ちょっと気難しい感じの人だった。
ウチの暴言暴力家族とのギャップが大きく違和感で居心地悪かった。
ある時彼が、ウチの母さんはシャキシャキ動いて
自立している女性が好きだからと言ってきた。
ふ〜ん、だから?お母さんに気に入られるようになれと?
卒業後一年ぐらいして、ウチの母に会うことになった。
付き合うことにも猛反対していたのに、
実際会ってみたら、そうでもなくなっていた。
私としては、それも嫌だった。
自分の歪な家族の中に彼が巻き込まれる事に拒否反応があった。
暴力で家族を支配する父、娘に異常に執着する母の関係を
ポツポツと話してもほとんど理解してもらえなかった。
母に会った彼は結婚に備えて就職して、私はまたガッカリした。
結婚式なんか絶対したくないと言う私に、
親戚や会社の上司の手前そうもいかないと言い出し、
もぉコレは主義主張を変える転向で裏切られたとしか思えなくなっていた。
現実に向き合おうとする彼に冷めた私と
向き合わない私に冷めた彼は、めでたくサヨナラ出来た。
ずっと夢見ていたかっただけなのに…
それからは付き合う人には結婚する気は無いと伝えておいた。
娘がいる事で何とかバランスが取れている家族なので、
両親共に結婚しろとは言わなかったのも好都合だった。
辺境を駆け巡るジャーナリスト。
辺境の地で真摯に生き抜く人々の暮らしや、
大国からの脅威にさらされる理不尽を取材したい。
そんな茫漠とした夢を見ることで、家族の現実から逃げようとしていた。
逃げたいだけで現実から目を背けて何もしない日々は続いている。